ネガティブを終わらせる方法

毎日ひたすらぼーっとしていた。(え。9月も終わりなんですけど。
まじでなんの生産性もない、ぼーっと期間。


昔から、「頑張ってこそ意味がある、価値がある」
という強い信念に生かされてきた私なので、まるで別人である。
振れ幅の差よ。笑

やりたいことは沢山あるのに、なんかめんどくさい。
計画立てて始めればいいのに、なんかできない。
なんでだろう?と思いつつ、自然が恋しくて友人たちと登山をしたり、
山梨や長野に泊まりで遊びに行かせてもらい、
心優しい友人にドライブを完全にお願いしてしまったり、
温泉入ったり、BBQに便乗させていただいたり、
海に行ってひたすら裸足でビーチを歩いたり、サーフィンしたり。。

そして本を読み、ジャーナリングをし、ヨガやピラティス、筋トレをするという。
…夢のような生活に聞こえるけれど笑、とにかく何かアライメント(調整)する
脱力するための期間がすごく必要だった。。。

だった、というのはそろそろ動きが出てきたからである。
というのは、暇にしすぎて無駄なことを考えすぎて、
究極のネガティブになり始めてきたからだ。

人間の思考は、7割ネガティブに考えるそうだ。
これは生存欲求に付随しており、リスクを回避するため、
より良い結果を得るために、人間に備えられた脳の構造らしい。

「ポジティブな人」というのは、
思考量が少ない、あるいは思考の整理が得意なシンプルな人という表現の方が相応しいかもしれない。

私は高校で後輩が出来た頃から「キラキラしている」と形容されるようになった。
いや、小学生の頃に友人にもらった手紙にもキラキラしてると既に書かれていた。
その後いつのフェーズでも、今でも、
「ポジティブ!」「キラキラしてる〜!」「輝いてるよね」と言っていただく。
ありがたい。本当にありがたいけれど、どうなんだろうか。
多くのダークサイドを経験してきたから、
なんか雰囲気が輝いて見えるのかもしれない。謎。
(*自分の思考傾向は簡単にネガティブにいくけれど、
生き方の基本は前向きであると思っています。意地で。)

私は考えすぎてそれが自分の中に溜め込まれると、吐きそうになる。
冗談ではなく、オぅェってなるくらい。
なので、文字化して感情や思考を発散させるジャーナリングは必須である。
どん引きされる程、日記というか、感情や思考をノートに書く。
こういうことを書くと、やっぱり変なやつと思われると思うけれど、
アルベルト・アインシュタインや、フリーダ・カーロもそうだったようで、
え、私と同じじゃん、と救われる。気がする。(彼らは本物の変なやつ(天才)ではあるが…)

ポジティブな人の定義ができたらネガティブな人の定義もすると、考えすぎる傾向にある人だ。
(でも、ポジネガはお天気みたいなもので、
ポジティブ傾向にある人だって、ネガティブになることもあるし
ネガティブ傾向の強い人がめっちゃポジティブになることだってあるので、
もちろん時期や状況による。)


考えすぎると答えが明瞭に出る気がするのだけど、そんなことはないんだよね。
特に自分が主体的に変えられないことを考えてしまうことは、やめるべきだと思う。
ただ、考えることで安心したり折り合いができたりする錯覚があるのだけど。
必ずしもそうじゃない。

んで、だ!

ネガティブな時にやるべきことは、(筋トレ以外に)
「おめでとう」「ありがとう」ごっこだ。アホすぎるんだけど。笑
「え〜〜!すごいー!おめでとうー!!!(拍手)」と言われた時、必ず
「ありがとうー!」と笑顔になる。
実際、ものすごい祝福な時は泣くほど感謝することもある。
それを仮定して、悦に浸るごっこ。
感謝は無敵なエネルギーであると以前のブログにも度々書いている。

なんか知らないけど祝われて、
なんか知らないけどめちゃくちゃ感謝する、
そのシチュエーションを思い浮かべて、
「えー!ありがとう〜〜!ぬふふふ〜」を連発すると気持ちが上がる。
すっごいアホみたいだけど、それをぜひやってほしい。
私はこれに今日気づいて、これから実験実践していこうと思う。
うん、もうなんか、それだけでいい気がしてくる。

人生は、本来とてもシンプルである。