(本文の最下部に本作の全体像があります。ウェブサイトにも載せます。そのうち…)
久しぶりに会ったJは、控えめで少し緊張した面持ちで私の個展会場の扉を開けた。
私は自分が思いのほか、笑顔で彼を迎えられたことに安堵した。
彼に会ったら、泣いてしまうと思っていたから。
一点一点、ゆっくりじっくり私の作品を見た後、彼は言った。
「さとみさんの作品には全てに物語や生命力を感じる。
優しいのに力強い。実物をやっと見れて、とても嬉しい。」
彼が欲しいと言ってくださった作品は6点くらいあったのだけど、
全て、売約済みだった。
「いつか必ず、さとみさんの絵が欲しいので、描き続けてください」
その時はまだ、彼がその数ヶ月後に日本を発つことになるなんて、
本人も彼の家族も思っていなかった。
彼とその家族が日本に入国する直前に、
世界はコロナによって混乱し、日本は海外からの入国規制をかけた。
ビザの問題や、引越しの荷物(家族6人、お家一軒分の家具など含む)の
倉庫の確保と維持、水際規制の特別な書類の作成、その他すべてのやり取りなどなど…
政府の発信情報や、状況が変わる度に私はそれに翻弄されつつ、
彼らが安心かつ確実に入国できるように本当にその期間、様々なことをした。
当時、何度政府や税関に電話をして問い合わせたかわからない。
同僚がせっかちだったために、状況は誰も変えられないのに色々とせっつかれて、
何度も同じことを彼がわかるように、すべて説明する必要があるのにもイライラした。
Jたちがやっと入国出来た後も、チームの状況が悪く、彼を戸惑わせた。
チームというのは名ばかりで、
利益追求型組織になっている(非営利組織なのに笑)ことを
私は予々懸念していたのだけれど、
Jは早くからその気配に気づいていた。
全員が自宅からの仕事だったため、新しくやってきたJにとっては
コミュニケーションもままならず、
状況把握についても、色々と不便が多かったと思う。
私は社会人になってから、目上の方々に大変に可愛がってもらい、
素晴らしく環境に恵まれてきたので
一緒に働く人には最善を経験して欲しいと願っていた。
けれども、私が経験してきたそれら
(=メンタリングマネジメント理論:リーダーが仕える)
とは真逆の腐敗組織になっており
J(を含む他スタッフ)には申し訳ないことをしたと感じていた。
チームが悪い方向に行っていることを軌道修正できないまま、
私は自分の限界が度を越して休職し、そのまま退職した。
私には責任がないことを理解している。
けれど、もっと何かできたんじゃないか、
すべきだったんじゃないかと
ずっと不要な責任感を抱き続けて心が痛んでいた。
当時、泣きながら苦しんでいる私を何度も目の前にしつつ、
Jを含め、リーダー的存在は、
誰も私を助けようともしなかったーーー。
それゆえ、Jは久々に再会する私に申し訳なさがあり、
個展に来た時には、明らかに気まずそうだった。
それでも彼は自分のプライドより、あるいは言葉以上の行動で
私に対する誠意と友情と愛を示すために、足を運んで来てくれた。
私は、そこに彼らしさを感じ、とても嬉しかった。
その時、彼は既に
「僕も退職するかもしれない。組織が異常で、
自分も苦しい。限界がきている」と言っていた。
そしてその数ヶ月後に、彼が海外で働くことになったことを本人から聞き、
とても申し訳なく思い、また大粒の涙が出た。
彼は私たちと働くために、大袈裟ではなく日本のために、
妻と共に幼い子どもを4人も連れてはるばる日本にやってきたのに。
彼は言った。
「さとみさんに、絵の依頼をしたいです。
テーマは「物語」があれば、なんでもいいです」と。
その瞬間に、閃いた。
闇夜の嵐が去った後の、澄んだ空気の中に、朝陽が眩しい絵を描こう、と。
岩手でも働いていたことのある彼らがきっと見たことのある、
日本ならではの、リアス式・三陸海岸の眩しい朝陽。
家族の一人一人をあらわす6つの光を乗せた小さな船は、
家族で一つになって嵐を超えて希望に向かって進んでいく、という意味を込めて。
彼も彼の家族も闇夜の嵐を経験したからこそ、その渦中にいる人に
いつか寄り添い励ますことができる謙遜さがあると信じつつ、
牧師としての賜物を活かし働く、彼と彼を導く存在に希望を込めて。
気持ちよく翼を広げて悠々と羽ばたく鷲も。(イザヤ書40:31より)
彼と彼の家族のためだけに描いた、世界でただ一つの物語。
「希望の目覚め」
目覚めてからが、本当の始まり。
苦しんだことはすべて物語のプロローグで、
これから素晴らしい本筋で、そのすべての伏線を回収していく。
お互いに、そんな人生でありますように。
「素敵な思い出、もっと一緒に作りたかった…ごめんね」
別れ際、泣きながらJとその妻に言った言葉に対して、
彼の妻が言った。
「まだ私たちの物語も関係も、終わってないよ」
そしてJが続けた。
「少なくとも天国でも会えるし。
絵が出来上がったらそれを持って遊びにきてください。
…理由はなんであれ、いつか必ず、遊びにきてね。
飛行機代も出すし、泊まれるところも探すよ。
必ずまた会おう。必ず。」
彼らと私の人生がまたいつか交錯し
互いの物語がどうであったかを語り合える日が来ることを、
私は心待ちにしている。
「希望の目覚め」6F (410x318mm) 油彩
しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、
鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。
イザヤ書40:31